ここまでの出来事
更新できなかった期間で、いちばん大きな変化は、引越し。
2013年で31歳でしたわたし。

一人暮らしをしよう。阿佐ヶ谷に住もう。と思って、家を探したのが
2011年の3月3日。
その日に出会ってしまった、路面の住宅街にあるお店が放課後図工室でした。
あれ?とりあえず先延ばしと思っていた、夢だったお店が、
もしかして叶ってしまう?と、そこから一気にいろんな予定が急遽変更。
即日入居のお願いをして、契約日は2011年3月12日の予定でした。

突然来た大きな地震は、その3月末で務めを終える大学の研究室内で迎えました。
一緒にいた学生のひとりは双葉町の出身で、一晩中NHKを見ながら、
必死になにかへ祈りながら、陸の孤島となった大学内でみんなで朝を迎えました。
次の朝に、ごはんできましたよ〜と他の研究室の学生が呼んでくれた優しさ、
出していただいたごはんとお味噌汁がとても沁みました。

交通網は完全に麻痺してしまったので、アトリエ契約も先延ばし。
そんな中なぜか、契約しない、という選択肢は片隅にも浮かばず、
あとから考えた時に、なんでだったんだろうなぁと不思議に思ったものでした。
28歳をちょうど1ヶ月残した2011年3月18日に正式契約しました。

そこから、29、30、31歳という、きっと人生において、一番自分のために動ける期間を
阿佐ヶ谷のアトリエで過ごしました。
ひとりで、ポツンと絵を描いていた場所を、
みつけてくれた方々がいて、なんだろう?と聞いてくれて、
だんだんと笑顔の集まる場所になってきたのが、うれしくてたのしくて。
いろいろ考えすぎて、考えられなくなって、周りにご迷惑をかけた時期もありました。
そんな期間があったのに、叱咤激励してくれて、支えてくれて、信じてくれた方々が、
また、こんにちはって笑顔で来てくれるのが、本当に本当にありがたくて。
アトリエオープン初日にひょっこり来てくれた男の子が、少年になって、
青年になりかけの今も通ってきてくれるのが、じんわりしみじみうれしい。

2014年の3月でちょうど3年。アトリエ更新の時期でした。
教室で、小さなみんなと過ごしていて、大好きなお母さんの元へ帰っていく姿を見ていて
わたしも、わたしだけのやりたいこと以外も、これから過ごす人生も考えないとなって
思える時期になってきたようでした。
大好きなこの場所でもう3年過ごすのか、それとも他を考えるのか?
いろいろ探しました。
それで、ああ、もうこのアトリエ以外にいい場所はみつからないなぁって
あきらめたときに、この場所に出会いました。
前のアトリエから100メートルの場所。
通勤の途中に、募集の張り紙をみつけて、一生懸命電話番号を暗記し(自転車だったので)
アトリエに着いてから電話。今から見てみます〜?のお返事とともに、
トントンと決まっていって、動くことが決まりました。

前みたいな誰が見てもわかるお店じゃないから、
みんなはいなくなっちゃうだろうなぁって思っていました。
でも、やめるひとは誰もいなくて。みんな一緒に来てくれた。
これは、わたしの中では、ものすごく驚くべきことで、
とてもありがたく、本当に本当にうれしかった。ありがとうございます。

引越しが決まってからは、おうちの引越、アトリエの引越と
怒涛の時間を過ごして、ドキドキするアクシデントも、
うれしいできごともあったりして、ここまできました。


わたしは自分の中で、ちゃんと噛み砕いて消化できないと、
言葉にならないので、こんなに遅くなってしまいました。


新しい場所で、新しい放課後図工室がはじまりました。


絵を描いたり、工作をする作家の新名佐和子という人が、
自分の持っている技や考え方を、だれかに伝えたいと思って3年前に始めた場所です。
100メートルほど場所は移動しましたが、これからも、
たのしく、おもしろく活動していく予定です。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。


niina 新名佐和子

 
動いたはなし comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://blog.niina-niina.com/trackback/1121
<< NEW | TOP | OLD>>